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9月16日~誓いを信じお念仏称えれば

 九月も半ば、今年も秋の彼岸がやってきます。

本願寺第八代の蓮如上人は、春と秋のお彼岸の季節は、一年中で一番季候のいいときであるから、皆進んでお寺に参拝して、仏法を聞き信心をいただくべきですよとおっしゃっています。

 さて、お寺には幼稚園と保育園がありますが、そこでの幼児教育で大切なことは発達段階に応じた教育ということです。

 子どもたちは自らのさまざまな経験、人や物など周囲の環境などと日々関係し合いながら、心や体が育まれ成長していきます。

 しかも子どもたち一人ひとり性格や特性も異なり、成長には個人差もあります。発達段階に応じた教育とは、幼稚園・保育園の先生方は、子どもたちの発達段階をよく学び、一人ひとりの成長をよく見極めながら教育に携わることが大切ですということです。

 仏法の世界も同じことが言えるかもしれません。

 いつもお寺に参られご法話を聞いておられる方は当然、その分仏さまの教えをよく理解されています。たまにしか来られない方は少ししかご存じでないかもしれません。またお寺に来られたことのない方の中には、仏教やお寺は先祖供養だけのことと誤解されている方もいるかもしれません。
 
 仏教やお寺との関わり方、理解の度合い、信仰のあり方にもそれぞれ段階があるようです。

 しかし、どのような段階の方にも、受け止めていただける仏法があります。それは「南無阿弥陀仏」のお念仏です。

 親鸞さまは、幼い子どもからご年配の方までどのような方でも、素直に阿弥陀さまの誓いを信じ、ナモアミダブツとお念仏を称えるだけで、皆必ず救われることをお示しくださいました。

 「南無阿弥陀仏」は仏さまの名前であり、必ずあなたを救うという呼び声でもあります。

 その誓いを信じお念仏を称えれば、誰しも必ず念仏一つで救われる教えが浄土真宗です。その訳はお彼岸法要の座にてお聞きください。

9月16日~誓いを信じお念仏称えれば2014年09月15日【224】

9月1日~ランニングと人生は…。

 九月に入り、朝夕涼しくなってきました。

 さて私事ですが、健康のために、早朝近くの公園でランニングをしていますが、毎日走っているといろんなことを感じます。

 夏の日差しが厳しい日や向かい風のとき、あるいは体調の優れない日もありますし、逆に涼しい風が吹く穏やかな日や後ろから体を風が押してくれるようなとき、そして体調がとても良い日もあります。

 若いランナーがさっそうと私の横を追い抜いていったときは、何くそ負けじと付いていきますが、結局はついて行けず年齢と体力の衰えを痛感します。

 女性とすれ違うようなときは、なぜかその時だけ、疲れた体を奮い立たせて颯爽と走ります。いくつになっても、よく見られたいという煩悩は消えません。

 また、高齢の方が毎日欠かさず走っておられる姿に、無言の叱咤激励を受けることもあります。 

 一口にランニングと言っても毎日いろんなことがありますし、その時折々の天候や体調に応じていろんな走り方があります。そして人生も同様のことが言えるのかもしれません。

 気温の高い日や向かい風のとき、体調の思わしくない日に、無理な走り方をするとたちまちバテてしまいます。逆に涼しい日や追い風のとき、体調の良い日は、いつもより少しスピードを上げて頑張ることができます。

 同様に、日々の生活の中で周囲の状況が良くないとき、また自分自身の状況が思わしくないときに、その状況を好転させるための努力は必要ですが、無理をするとさらに状況が悪くなることもあります。

 逆に周囲も自分自身もすべてが順調なときは、さらに頑張ることも良いでしょう。しかし調子に乗ると取り返しの付かないことになるかもしれません。

 さらに若いランナーに過剰な負けん気を出したり、まして異性に気を取られては、まともなランニングはできやしません。

 常に、周囲の環境と、自分自身の体調を確認しつつ、また自分自身のペースを見失うことなく走ることが大切です。これを仏教では平常心というのでしょう。

9月1日~ランニングと人生は…。2014年09月01日【223】

8月16日~お盆の心世界へ馳せて

 今年もお盆の法要が終わりました。

 お寺でも初盆の合同法要、あるいは自宅での法要にたくさんの方々がお参りいただきました。

 お盆は正式には「盂蘭盆会」と言い、お釈迦様のお弟子・目連尊者のお母さんが目連尊者を大切に育てるがあまりに、その自らの業によって、貪りのとがを表す餓鬼の世界に堕ちました。

 そしてわが母を助けるために、目連尊者はお釈迦様の御許に走り、その教えによってお母さんが救われたという故事による行事です.

お盆はこの故事を通して、人間皆一人ひとり、親をはじめ多くのお育てをいただいていること。そしてそのご恩を感じたならば、周囲の方々に施しをすることの大切さを説いています。

 このお盆は、日本の一夏の仏教行事ではありますが、そこに説かれていることは、日本のみならず今の国際社会においても大切なことを諭しています。

 現在、世界の至る所で、武力や暴力による争いが起きています。また人やお金や物が自由に飛び交うグローバル化した経済活動は多くのいのちを傷つけ、将来的に地球の存亡に関わる問題をもはらんでいます。

 多くの武力紛争はもとより、ルールなき経済活動は世界の悲惨な現状や苦しみ、悲しみを生み出しており、それは決して私たちの生活とは無関係ではありません。

 お釈迦さまの教えは、自らのいのちが周囲の多くのいのちによって支えられ、育まれ、生かされていることへの気づきをもたらします。

 そしてその自覚は、自分だけよければいいという自己中心的で恐ろしい欲望を自ら抑えること、合わせて周囲のすべてのものへの思いやりと施しを勧めるのです。

 思いやりとは、同じいのちを恵まれたものとして、共に喜び共に悲しむ立場に立たせていただくことです。

 近くは身近な家族から、遠くは世界まで、合掌の心で思いをはせて見るのも大切なことです。

8月16日~お盆の心世界へ馳せて2014年08月15日【222】

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