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12月15日~ お浄土へのラブレター
早いもので、二〇〇七年もあと少しで暮れようとしています。
さて、年末になって、素敵なラブレターをいただきました。と言っても、残念ながら私にではありません。
差出人はSさん。もともと覚照寺のご門徒で、鹿児島から大阪へ嫁がれ、偶然にも、私が若いとき大阪の津村別院でご指導いただいたE先生とご縁の深い方です。これよりラブレターの一部です。
「E先生との出会いは、私が一歳一ヵ月の長女を亡くしてお寺にお参りにするようになったとき、昭和四十四・五年頃、お寺の法要に布教使としてこられ、声をかけられてお話しするようになりました。
昭和六十年二月、夫がクモ膜下出血で倒れて、その年の暮れに別院にお参りしたとき、『頑張れ、この手のぬくもりを忘れるな、仏さまが見ているぞ』と、E先生が言ってくださいました。その時夫四十八歳、私が四十五歳、子どもは高二と中一、おろおろする私の姿を見てカツを入れられた思いでした」
それより、Sさんは二十一年もの間、ご主人の介護やお仕事、子育てと、大変厳しい人生過ごされ、現在では二人のお子様も立派に成長され、ご主人は療養の果てに数年前にお浄土に参られました。また、E先生は高齢になり療養中だそうです。
Sさんは、手紙の中で、その人生をふり返ります。
「夫を介護して辛いときもありました。これも人生、夫ですもの妻ですもの当たり前ですよね。夫は亡くなる前日、『苦労させたな、心配かけたな、迷惑かけたな、有り難う』とハッキリと言いました。これが最後と知らない私は、『今頃何言ってるの』と言いました。この二.三時間後に意識がなくなりました。本当に来世というのがあるなら、私は夫を捜して、再度嫁にしてもらいたいと思います」
私は、この素敵なラブレターを、すぐにお寺の本堂の仏さまの前にお供えしました。きっと、お浄土のご主人も喜んでおられることでしょう。
私も、人と人のご縁の尊さ、お母さんの力強さ、支え合う夫婦の尊いお姿を、このラブレターに学ばせていただきました。
来年も覚照寺「心の電話」をよろしくお願いいたします。
12月15日~ お浄土へのラブレター | 2007年12月17日【62】
12月1日~世間で得難い二人とは…
師走というのに本格的な寒さがやってきません。冬将軍の到来はいつでしょうか。
さて、覚照寺では、十二月十一日、十二日、十三日の三日間、報恩講法要をお勤めします。
ご承知の方も多いと思うのですが、報恩講は、浄土真宗のみ教えをお開きくださった親鸞聖人のご命日に際し、その遺徳を偲び、縁ある方々がそのご恩に報いるために勤めるものですが、それと同時に、私たち一人ひとりが「知恩」ということを学ぶ大切な法要でもあります。
恩というと、日本人はすぐに「鶴の恩返し」や「サルの恩返し」などの昔話を連想し、恩は返すものという義務的なことを思うのですが、本来、仏教ではそういうことは説いていません。
インドの仏教書には、「世間において得難い二人とは誰か。一人は先に恩を施す人である。他は恩を知り恩に感ずる人である」と説かれています。
恩は、まずそれを周りの人に施すことが大事で、恩を施すその人ほど得難いものはないといいます。そして、それを受けたものは、その恩を知り、心に感ずることが大切だといいます。
恩は、インドの古い言葉では、クリタジュニャタといい、「なされたことを知ること」という意味です。
私たちは人それぞれ、顔も体も違います。生きてきた過程も異なれば環境も異なります。しかしその一人ひとりがここまで生きてくるのには、多くの人々がかかわり、多くのいのちがかかわってきました。そのことを深く心に考え知ることが人間にとってとても大切なことなのです。
仏の教えを聞くということは、過去現在未来の三世を通じて、私のいのちに、多くのいのちが通っていることに気づかされることでもあります。
それを感じたときに、おのずと、私もまた人のために何かをしたいという思いがわい
てくる、それが仏教の報恩という心です。
12月1日~世間で得難い二人とは… | 2007年11月30日【61】
11月16日~ 人生列車はあなたも私も…
晩秋となりました。鹿児島の浄土真宗のお寺では、一斉に報恩講法要が始まります。
さて、国民的代表作家といわれた吉川英治さんの作品に、「人生列車」という詩があります。
「発車駅の東京駅も知らず、横浜駅も覚えがない、丹那トンネルを過ぎた頃に薄目をあき、静岡辺で突然「乗っていること」に気づく、そして名古屋の五分間停車ぐらいから、ガラス越しの社会へきょろきょろし初め、『この列車はどこへ行くのか』と慌て出す。もしそういうお客さんが一人居たとしたら、辺りの乗客は吹き出すに極っている。無知を憐れむにちがいない。ところが人生列車は、全部の乗客がそれなのだ」という詩です。
「発車駅の東京も知らず」とは、人が生まれたときのことで誰も記憶はありません。「横浜駅も覚えがない」とは幼年期、これも人生という意識はありません。「丹那トンネルを過ぎた頃」とは義務教育時代で、人生やいのちの問題にかすかに気付く。そして、「静岡あたり」とは青年期から壮年期にかけて突然、人生という列車に乗っていることに気付くということです。
その乗客は、名古屋の五分停車で、「自分が生まれてきた目的は何だったのか」、「一度きりの人生をどう生きるのか」、「自分のこのいのちはやがてどこへ行くのか」という問題に突き当たり慌て出します。
「せっかくいままで乗ってきたのに、目的も行き先もわからない」と慌てる乗客を、周りのお客さんは見て吹き出します。そして憐れむことでしょう。
でも、人生列車はあなたも私も、全部の乗客がそれなのだ、という意味の詩です。
「自分が生まれてきた目的は何でしょうか」、「一度きりの人生をどう生きればよいのでしょうか」、そして「私のこのいのちはどこへ向かうのでしょうか」。
報恩講法要は、浄土真宗の本願念仏の教えを示された宗祖・親鸞聖人のご遺徳を偲ぶ一年で最も重要な法要ですが、それと同時に、この人生の問題を、お寺にご縁のある一人ひとりが私のこととして、聞きひらく大切な法要なのです。
11月16日~ 人生列車はあなたも私も… | 2007年11月16日【60】