3月1日~私は何しにここに来たの?
三月は別れの季節。卒業や転動、引っ越し、そして年度末でそれぞれに慌ただしい季節です。
さて、年を重ねてくると、何かをするために今、この部屋に来たのだけれど、何をしに来たのか、思い出せないというようなことはないでしょうか。
私自身も、「まだまだ若い」と言われる世代ですが、それでも時折このようなことを経験します。
そんな時、自分自身に対して大変もどかしく、またとても情けない思いに駆られます。自らの行動なのに、その目的が自分で分からないからです。こんな残念なことはありません。
でも同様のことが、自分の人生にも言えるのではないかと思います。
この世に生を受けて長い間生きては来たものの、自分は何を目的に生きてきたのか、そして自分のいのちはどこに向かって生きているのかという問題です。
人は誰しも必ず死を迎えます。しかもそれはいついかなる時か誰も分かりません。
その時に、自分の生きてきた人生が確かな目標を持ち、自分のいのちの行く末がはっきりわかっている人は、充実感と安心に包まれた最後を迎えることができるでしょう。
あなたの人生の目的はお金や財産でしょうか。地位や名誉でしょうか。家族を養い子どもを育てることでしょうか。優雅で快適な生活、あるいは健康を保つことが目的でしょうか。
しかしお金や財産、地位や名誉、家族と必ず別れ、最後には自分の生命も失わねばならないのが、私たちの厳しい現実でもあります。
そして、今の今、何かをしにここに来たのに、それが分からなくなる私たちですから、時にはそのことをゆっくり考えてみるのも大切です。
お彼岸はお浄土に参られた方々を偲ぶとともに、仏さまのみ教えを聞く大切な期間です。
日頃の忙しい手を少し休めて、自分の人生の目的といのちの行く末を、仏さまに問い尋ねてはいかがでしょう。どうぞ、近くのお寺にご参詣ください。
2015年03月01日【235】